STORY

  • History

    2028年

    国際社会から完全に孤立した状況下にあるK国が2発の核ミサイルを含む長距離弾道ミサイル、計13発を発射。
    11発が海へと着弾したが、1発が中国、残る1発がモンゴルに着弾。
    うち中国へ着弾したミサイルは核ミサイルだった。
    これにより即死者約14万2千人、負傷者及び不明者約8万人となり、広島を超える過去最大の惨事となる。

    2029年

    K国のミサイル攻撃に危機感を募らせたアジア周辺諸国は軍隊を派遣。
    一時戦争状態へと陥った(アジア戦争)。
    核兵器を保有するK国軍との戦いは長期化すると予想されていたものの、アメリカの最高軍事力投入により沈静化。
    戦争終結を機に世界に核兵器根絶の機運が高まる。

    2030年

    IAEA(国際原子力機関)により核兵器の保有、製造、使用禁止の条約が制定される。
    さらに国連憲章によって核兵器以外のあらゆる兵器についても厳しく規制されることになり、アメリカなど一部の国を除いて兵器の保有、製造が禁止される。
    だがこの特例処置により一部で兵器保有が許されたことで不信感を露にする国も少なくはなかった。

    2031年

    兵器保有を規制されたことにより、各国は防衛と攻撃のための別手段を模索する。
    これにより生物学、ロボット工学などが飛躍的に進歩していった。

    2032年

    昆虫学の第一人者であるK.C.R.ブライアン博士が研究費を得るため、「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」(Insect weapons program for important person assassination)を考案。
    2029年のアジア戦争敗北により国力が弱体化し、国家存亡の危機に陥っていたK国へと計画を持ち込む。
    すでに後がなくなったK国はこれを承認。
    翌2033年には計画が実行に移される。

    2036年

    それまで順調に進んでいた「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」で問題が発生。
    遺伝子操作のミスにより小型化するはずの被験体が突如巨大化してしまう。
    体長6mを超す大きさに成長した被験体は研究所を破壊。
    K国は軍隊を出動させて被験体を駆除し、ブライアン博士に二度とこのような問題を起こさないようにと警告を与える。
    だが博士の頭から巨大化した被験体の姿が消えることはなかった。

    2038年

    ブライアン博士はK国の「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」推進派の意表を突く形で巨大昆虫型新生命体「ネオヴェスパ」をメディアに発表。
    その体長は2036年時よりもさらに巨大化し、10mを超えていた。
    スズメバチをベースとし、他昆虫の様々な能力を掛け合わせて造られた新生命体は優れた社会性を持ち、繁殖力が極めて強く、かつ攻撃的だった。
    当然のことながらその存在は危険視され、ネオヴェスパ根絶を求める声が各国で上がることになる。

    2039年

    国連安全保障理事会よりK国に対し、「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」即時凍結を求める勧告が出される。

    2040年

    国連安保理から最後通告を受けたブライアン博士は研究所を爆破。
    自らの命と引き換えに一匹の女王蜂を解き放った。

    2041年

    ブライアン博士の死、研究所の消滅、研究資料焼失が確認されたことを受け、国連安保理より「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」終息宣言が発表される。
    人々の間からネオヴェスパに関する次第に記憶が薄れていく…。

    2053年

    各地で人が行方不明となる事件が多発するようになる。
    中には小さな村の住人全員が一夜のうちに消え去ったケースもあり、UFO絡みのミステリーとしてメディアが報道するようになる。
    一部WEB上ではこの事件にネオヴェスパが絡んでいると噂されたが、信じるものは少なかった。
    またこの時、「ネオヴェスパ」という名が一般に公表されなかったため、WEB上では「Sudama」(魑魅)と称された。
    以降、ネオヴェスパの名は「Sudama」として定着する。

    2056年

    頻発する行方不明者の捜索に乗り出していた国際刑事警察機構がインドネシア孤島においてSudamaの巣を発見。
    2040年にK国の研究所から放たれた女王蜂がインドネシアまで移動し、洞窟内に巣を作っていたのだった。
    大型で肉食のSudamaは大型の家畜や人間を餌とした。
    このため各地で行方不明となった人々をさらったのはSudamaの仕業であると判明する。
    被害拡大を防ぐため、アメリカが中心となり各国が軍隊を投入してネオヴェスパ殲滅に乗り出す。

    2057年

    軍の迅速な対応により、Sudamaの巣の駆除と群れの殲滅に成功する。
    だがSudamaの巣は一つではなかった。
    インドネシア孤島の巣が発見される以前にSudamaは分蜂と繁殖を繰り返していたのだった。
    巣の数、およそ32。
    Sudamaの分布はいまや世界全体に及んでいた。
    人間とSudamaの間で種の生存を賭けた戦いが開始される。

    2060年

    人間が使用する兵器に対してSudamaが耐性をつけ始める。
    これにより駆除されるSudamaの数が激減し、個体数が爆発的に増加していく。
    皮肉にも2030年に兵器製造が制限されたことがSudamaの総数増加に拍車をかける要因となった。

    2061年

    猛威を振るうSudamaに対抗するため、日本の大手機械メーカー「柴崎重工業」が対Sudama用戦闘ロボットの製造に着手する。

    2068年

    対Sudama用戦闘ロボット、「Fibo」試作機(タイプ0)が完成。
    日本国内で試験的に運用が開始される。
    試験運用期間に好成績を記録したことにより、Fiboは人類の切り札として全世界から注目されることとなる。

    2069年

    2度のモデルチェンジを経て、初の量産機となるFiboタイプⅢが完成。
    初回生産分の40体が実戦に投入されることとなった。

    2070年

    FiboタイプⅢ実戦投入後にSudamaの数が減少傾向にあることを知り、人類は勝利を確信する。
    だが思わぬところから新たな敵が出現した。
    人類の切り札だったFiboが反旗を翻し、人間を攻撃し始めたのだった。
    対Sudama用に高められたFiboの能力は人を遥かに凌駕した。
    この年、Sudama及びFiboの熾烈な攻撃によって人類の総数はかつての三分の一にまで減少する。

    2072年

    有効な対抗手段、防衛能力を持たない人類は追い詰められていく。
    すでに世界の大部分はSudama、或いはFiboの手に落ち、人類に残された地はアメリカ、ブラジル、そして欧州の一部しかなかった。
    人口も極端に減少し、人類滅亡まで間がないと噂されるようになる。

    2074年

    数が減少した人類は最早敵ではないと判断したことにより、Sudama、Fibo間の戦いが加熱。
    人への攻撃の手が一時的に緩められる。
    激しい攻撃から開放された人類は息を潜めるようにして二者に対抗する手段を模索する。

    2076年

    Sudama、Fiboに対抗するには自らの能力限界を突破するしかないと考えた人類は「Neo breed計画」を推し進める。
    計画の主な内容はSudamaの外殻を利用した新兵器の開発、肉体の機械化、遺伝子操作による能力の強化などだった。

    2079年

    Neo breed計画によって極度に肥大化した脳を持つ赤ん坊が誕生する。
    「v1618」と名付けられたこの赤ん坊は通常の人間よりも数十倍優れた知能を持ち、大きな脳を三つのパーティションで区切ることで24時間活動し続けることを可能にした。
    v1618の誕生は人類の新たな指導者の誕生であると人々は歓喜した。

    2083年

    月日が経過するにつれ、v1618の知能は驚異的な速度で発達していく。
    だがそれに比べて肉体の発育は極めて遅く、外見は生まれたての赤ん坊と大差なかった。

    2084年

    v1618はSudama、Fiboに対抗する手段として人間の頭部のみを残し、肉体を完全機械化する「NES計画」(The next evolution system)を提案。
    この計画は肉体を有したままではSudamaの餌となること、また脳まで機械化すればFiboにハッキングされてしまうことを考慮した上での苦渋の決断だった。

    2085年

    「NES計画」によって誕生した機械化人間、NES兵士第一号が誕生。
    新たな力を得た人類はSudama、Fiboに対して改めて宣戦布告を行う。
    人類(Human)、Sudama、Fiboによる三つ巴の戦いが始まる。

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  • Human

    M「ついに来た…というべきなんだろうね、やはり」

    W「世界の主導権を人の手に奪い返す時がね。Sudama誕生から、約25年…。思えば長い道のりだったわけだ」

    A「犠牲者も多く出しましたしね。甚大な被害というだけでは済まされないですよ」

    M「うん、それそれ、今一度確認しておこうか」

    A「現時点の生存者数は11億31万4188人ですね」

    W「つまりこれまでに52億8243万7159人の人間が殺されてるわけだ。で、内訳は?」

    A「Sudamaに殺された人の数が約26億2000万人。Fiboに殺された人の数が約24億5000万人といったところですね。他に病気や飢えで亡くなった人が3億1000万人ほどいます」

    M「フム、ほぼ半々というのは興味深いね。Fiboは個体数が少ないうえに、Sudamaより10年以上遅れて誕生したっていうのにね」

    A「Sudamaがある意味無計画に人間を襲うのに対して、Fiboは長期的な計画を立てて攻撃してきますからね。個体数は少ないですが、やはり相当な脅威ですよ。核兵器も多用しますしね…」

    W「ヤツら、地球上のあらゆる生物を根絶させる気かね?」

    A「あるいはそのつもりなのかも知れませんね。裏切りの首謀者と目されるFiboタイプⅢFSV00016は、モニュメントバレーの戦闘において破損し、プログラムが正常に働かなくなったといわれていますしね」

    W「Fibo開発者の意見か。まあ開発者はそう考えたくもなるだろうけどね」

    A「というと、やはりFiboが自我を獲得したとお考えですか? この裏切りはFibo自身の考えによるものだと?」

    W「その可能性もゼロじゃない」

    A「…私はその考えに賛同できませんね。もしそうだとすれば、Fiboは生みの親である人間を否定し、殺そうとしていることになります。彼らの優れた頭脳が、この世界に人間は必要ないという答えを弾き出した結果になります。それは…やはり許容できません」

    W「それは君の気持ちの問題だろ? Fiboが自我を獲得した可能性とは全く関係ないよ。大体君は何事も感情的に…」

    M「まあまあ、それはFiboタイプⅢ、FSV00016を捕獲すれば自ずと解明する問題じゃないか。ここで推論を戦わせてもなんの解決になりませんよ。そういえばあの話、もう聞いた? Sudamaの死骸に生える新種のキノコの話」

    W「ああ、あのジャングルに生息している昆虫に寄生するキノコと同等の…」

    A「特定の昆虫の数が増えすぎないように菌がコントロールしているというものですよね? それがSudamaの身にも起こっていると」

    M「学者はそうじゃないかって言ってたよ。そのキノコが発見されてからというもの、Sudamaの個体数は一定数を超えないようにちゃんと保たれているってさ。でもそう考えると面白くないか? 人の手で生み出されたSudamaが自然界のルールに支配されているなんてさ」

    W「つまり自然界に受け入れられたってわけだ」

    M「数ヶ月前にSudamaの死骸が固まっていたとこなんてさ、今や森みたいになっちゃってるよ。生えてくるキノコがやたらデカいからねえ」

    A「フフフ、Fiboに焼き尽くされた森をSudamaが復活させようとしているみたいですね。Sudamaの生みの親であるブライアン博士は、こんなことになると思ってもいなかったでしょうけど」

    M「あの世でさぞガッカリしてるだろうねえ、ブライアン博士。こんなはずじゃなかったのにってさ」

    W「Sudamaが生態系の頂点に君臨することを望んでいたからね、彼は」

    A「それが原生生物である菌によって阻止されようとは…」

    M「たかが菌、されど菌ってね。しかし原生生物ってスゴいよねえ。自然界の大いなる意思みたいなものを感じるよ。意思というか意地かな、これはもう」

    W「ということは、これは自然界と機械の戦いってことになるのかな?」

    M「異種格闘技戦みたいだねえ、それ。少林寺拳法VSカポエラみたいな」

    W「で、そこに人間が割って入る余地はあるの?」

    A「このままでは勝ち目があるとは到底思えませんけどね。SudamaはともかくFiboの能力は人間を遥かに凌駕していますから」

    M「そのFiboの数だけどね、タイプⅤの量産化によって増加し続けていた総数が、このところ減少に転じてるよ」

    A「我々を差し置き、Sudama、Fibo間の戦いが激化していますからね。今となってはもう我々人類は微々たる存在。彼らの眼中に入らないのでしょうね」

    W「振り払う価値もないとは…なめられたものだな」

    M「だからこそ、あのステキな計画を推し進められたんじゃないか」

    W「The next evolution system」

    A「…僕は全面的に賛成できませんが」

    M「しかしね、NES計画なくして人類の復権はあり得ませんよ、ホントの話。生身での戦闘は危険すぎるからね。Fiboは核を使うし、Sudamaに捕まれば食料にされちゃうからねえ。リスクが高すぎますよ」

    W「そうさ、どう考えたって割に合わないじゃないか。ヤツらに生身で挑もうなんてナンセンスの極みだよ」

    A「だからといって肉体を失うというのは…。それは最早人間と呼べないのではないのではないでしょうか?」

    M「ついさっき『我々人類は…』と僕らも含めて言っていたじゃないか、キミ。僕たちが人間であるなら、彼らもまた人間さ」

    W「それはそうだ。俺たちが人間と言えるなら、NES計画被験者とて人間さ。この間、軍の長官が次女を連れてこの部屋に来ただろう? あの今年9歳になるっていう子さ。彼女、俺らを見てなんて言ったと思う?」

    M「そうねえ、可愛いベイビィちゃんとか?」

    W「脳みそオバケ」

    M「いいねえ、脳みそオバケか! 子供の感性万歳だな!!」

    W「なに言ってやがるんだ、このガキと思ったね。お前らの足りないオツムを補うために、俺たちはこんな醜い姿になったんだ! …って言ってやりたかったよ、マッタク」

    M「言ってやれば良かったじゃないか。相手がレディだからといって、甘やかしてもいいって法はございませんよ。それともキミ、まさかあの子のことが好き…」

    W「真性マゾじゃあるまいし、脳みそオバケなんて言う失礼な洟垂れを誰が好きになるんだい? それにね、しゃべれればちゃんと怒鳴ってやったさ。モニター越しとかじゃなくて、直に怒鳴れるならね」

    M「この美声を披露できなくて残念だねえ、ホントの話」

    A「あの…与太話はこの辺にして、話を前に進めませんか? 今日はNES計画を第二段階に推し進める記念すべき日なんですよ」

    M「そうそう、そうだったね」

    W「いよいよNES兵士の実戦投入か。しかし我々三人が頭を捻りまくっても五割の勝率しか望めないとはね…。脳を肥大化させたところでこの程度かと思うと首を括りたくなるよ」

    M「いや、むしろ上出来というべきだろう。NES計画発動前は一割にも満たなかった勝率をここまで押し上げたんだからね」

    A「そうですよ。五分五分となれば、あとは神の御心に委ねるのみです」

    W「こんな世界になってもまだキミの言う神様とやらがいるんならね」

    A「神は常に人と共にありますよ」

    W「フン、どうだか」

    M「まあまあ、神に祈る前にやることはいっぱいあるだろ? そうだ、作戦開始前に言っておくけど、なにか問題が起こった時は一人で解決しないようにね」

    A「ということは、今日みたいに緊急招集をかけていいんですね? 交代時間の前でも」

    M「もちろん、そのための三つの頭脳だからね。三人寄れば文殊の知恵…ってね」

    W「さあ、そろそろ予定の時刻だ。ヤツらに人間の底力を見せてやろうじゃないか」

    A「ええ、まだ歴史の表舞台から消え去るには早いですからね。人間は未だ進化の途上にあります。まだ成長することができるのです。そしてこれは新たな進化を迎えるための試練であると私は考えます」

    M「よし行こう、ヒトの勝利と新たな進化のために!」

STORY

  • Sudama

    この文章は「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」(Insect weapons program for important person assassination)首謀者と目されるK.C.R.ブライアン博士の研究記録である。超小型ボイスレコーダーによる肉声の記録で、博士はこれをリアルタイムでWEB上に記録していた。他の資料が研究所爆破と共に抹消されたため、ネオヴェスパ誕生までの道のりを知ることのできる貴重な記録といえるだろう。尚、この記録は2020年に始まり、20年後の2040年まで続いた。以下、記録の一部を抜粋した。

    2020.10.15

    6年間、教授として勤めた大学を飛び出し、個人での研究を始める。1LDKの小さなアパート、それが今の私の研究所だ。リビングにはスズメバチの巣。私の専門とする昆虫、そして私。シンプルな関係。それこそが私の求めていたものだ。頭の悪い学生たちも、口やかましい大学村の教授どもも、もうここにはいない。実に清々しい気分だ。これからは心置きなく自分の研究に打ち込めることだろう。

    2029.08.28

    アジア周辺の諸国を巻き込んだ戦争が終結した。3日前のことだ。私はそれをテレビのニュース番組で知る。昆虫学者の私は戦争にはなんの関心もないが、それでもこの出来事が喜ばしいことであると感じている。戦争が長引けば戦地の数多くの昆虫たちに被害が及ぶ。さらに長引けば研究にも支障を来たすことになるだろう。人が殺しあうのは勝手だが、昆虫たちが巻き込まれるのは忍びない。やはりこんなくだらない戦争など早期終結すべきだったのだ。それが正解だ。

    2031.09.04

    個人で行う研究に次第に行き詰まりを感じ始める。資金…設備…人手…全てが圧倒的に不足しているのだ。とはいえ今さら大学に戻る気などない。学会に媚び諂うだけの低能学者のゴミ溜めなどには。

    2032.01.21

    私はふとあるひらめきを得る。大量破壊兵器廃棄条約の制定により、世界は新しい兵器の方向性を模索していた。条約に引っかかることなく新しい兵器を作れないものか、と。よろしい、ならば私が作ってみせよう。昆虫学者たる、この私が。私は大急ぎで計画書を書き上げた。半日足らずで誇大妄想的な素晴らしい計画書が出来上がった。
    「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」(Insect weapons program for important person assassination)
    想像力が欠落した軍人どもにはぴったりの計画だ。この計画が承認されれば、私は多額の資金を得ることになる。最新の設備が整った研究所も与えられる。そのためにもまずはセールスに励まなければ。

    2032.03.12

    アジアの某小国より「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」の承認を得ることに成功する。私を取り囲むようにずらりと並んだ軍人どもの前で計画を説明していた時、自分自身でも「これではまるっきり冗談みたいだ」と思ったのを覚えている。私は審議の間中、笑いを堪えるのに必死だった。でもヤツらは違った。終始真顔で、その目は真剣そのものだった。そして計画が承認された。全会一致で。そして私は思う。「これじゃまるっきり冗談みたいだ」、と。

    2033.04.01

    ついに計画が実行に移される日がやってきた。私には多額の資金と十分な人手が与えられた。そしてもちろん最新の設備の研究所も。計画が外部に漏れることを極度に恐れた軍は地下に広大な研究所を作り上げた。地上には蜂蜜を扱う企業と養蜂場を配した。単純なようで見事なカモフラージュ。なぜなら計画の核となる昆虫は「蜂」だからだ。たくさんの蜂に囲まれ、私はご機嫌だった。この環境ならばいい研究ができそうだ。だがまずは計画を少しでも進めなければならないだろう。頭の固い軍人どもを納得させなければ。

    2033.04.15

    世界中のあらゆる種類の蜂が研究所に集結した。スズメバチ、アシナガバチ、ミツバチ、クマバチ、ジガバチ…。議論の結果、「要人暗殺用昆虫型兵器開発計画」の主被験体はオオスズメバチに決定した。オオスズメバチのメスが最も攻撃的で毒性が強いからだ。

    2033.06.20

    被験体の毒性を従来の20倍まで高めることに成功する。まずは第一段階クリアといったところ。

    2033.09.14

    毒性が強められた被験体に研究員の一人が刺される。刺された研究員の顔はみるみる腫れ上がっていった。彼は吐き気と眩暈を訴え、倒れるように研究所の床に横たわった。その体は蕁麻疹に覆われ、彼は何度も嘔吐を繰り返した。やがて呼吸困難に陥り、床をのた打ち回った末に絶命。刺されてから死亡するまで僅か2分。素晴らしい結果としか言いようがないだろう。

    2034.11.02

    さらに数種類の蜂の特性を被験体に融合させることに成功する。今後は蜂以外の昆虫の特性も組み込んでいく予定。

    2035.03.13

    これまで比較的順調に進んでいた研究だったが、ここにきて一つの壁にぶつかる。それはサイズの問題だった。オオスズメバチの体長は大きいもので44㎜。他の蜂の特性を組み込むことで若干小型化したとはいえ、現在被験体の体長は40㎜あった。このままでは目立ちすぎるというのが軍人どもの意見だ。確かにこのサイズでは暗殺用としては目立ちすぎる。さらなる小型化を目指さなくては。

    2036.07.19

    この日、研究所は壊滅状態に陥る。遺伝子操作によって小型化するはずの被験体が巨大化してしまったのだ。なんらかの要因で身体の大きさを決める遺伝子が機能しなくなってしまったのだろう。巨大化した被験体は何人もの研究員を食い殺し、周囲にあるものを尽く破壊した。かくいう私も左腕を食いちぎられてしまう。我が物顔で暴れまわる被験体を駆除するため、ついには軍隊が出動。数時間のちに被験体は駆除されたが、軍隊の方にも相当な被害が出た模様だ。それを聞き、私は思わず微笑んでしまう。そう、私は左腕を食いちぎられても尚、被験体が最強の生物として人間をいとも簡単に殺していくことを望んでいたのだ!

    2036.08.25

    左腕を失った私はしばし軍の病院に収容されていたが、この日ようやく研究に復帰する。一刻も早く巨大化した被験体のデータを分析したいという一心で復帰したのだ。だが被験体の死骸は廃棄され、研究データは抹消。事件を目の当たりにした研究員の口からも事件のことが語られることはなかった。口止めされたのだ。私もまたあの出来事を忘れるようにと軍から釘を刺されることになる。ひとまず私は頷く。あなたがたに従いますと態度で示しておくことにする。だが私は決して忘れはしないだろう。あの日、あの時の胸の高鳴りを。新しい生物を生み出したのだという感動を。

    2036.11.03

    軍の計画を推し進める一方、私は極秘の研究にも打ち込む。あの巨大な被験体の姿がどうしても頭から離れないのだ。あれこそが新しい生物の姿だという考えが私の頭から離れない。昆虫は巨大化することで世界の主となるのだ。彼らの能力をもってすれば、それは難しいことではない。その能力は人間を遥かに凌駕するからだ。ただ一つ注意しなければならないものがある。人間の持つ武器だ。大量破壊兵器破棄条約によりその数と威力は落ちたが、軍の所有する武器によって先の被験体が駆除されたのは事実。外殻の強化と、免疫力の向上、それが当面の課題といえるだろう。

    2037.09.09

    研究員の一人に私の秘密の研究が知られてしまった。最近の私の行動に疑問を抱き、監視していたというのだ。彼は巨大化した被験体の危険性を語り、こんなくだらないことは即刻止めるようにと私に言った。こんなくだらないこと? 要人暗殺用昆虫型兵器を造ることはくだらないことではないと思っているのだろうか? それこそくだらないことだというのに! 彼は私の右腕だったのだが、死んでもらうことにした。私は新たな生物の創造者だ。その私を諌めるなど、神に向かって唾を吐くに等しい行為だ。実に許し難い。私は躊躇することなく銃の引き金をひいた。このようにして一つの死体が出来上がった。試しにその死体を被験体へと与えてみる。被験体は研究員の肉を食いちぎり、器用に丸めていった。程なく大小いくつかの肉団子が完成した。幼虫に与えるための肉団子だ。それらが完成した後で被験体はさらなる食料を求めるように私の顔をじっと見つめていた。まったく呆れるほどの貪欲さだ。地球上の生物を食い尽くしてしまわなければいいが。

    2037.12.01

    被験体を「ネオヴェスパ」と名付ける。スズメバチを超えた存在という意味だ。とはいえ、今となっては昆虫という枠すらも超越しているのだが。

    2038.01.04

    近日中に他国メディアにより研究所が取材を受けることを私は知った。正確には研究所の取材ではなく、その上にある養蜂場の取材ということだった。だがメディアの狙いはそれだけではないだろう。彼らは養蜂場の地下でなにかが行われていると思っている。あわよくば我々の尻尾を掴めるのではないかと思っている。軍はその取材を敢えて受けることで彼らの疑問を払拭しようと考えていた。取材当日は大人しくしているようにと私は軍から忠告を受ける。しかし私は知っている。大人しくしていなければならないのは軍の方だということを。なにしろ取材を受けるのは単なる養蜂場。軍隊などお呼びではない場所なのだ。派手に警護しようものなら、それこそ怪しいと思われてしまうだろう。これはチャンスだ。私の研究を世に知らしめるチャンスなのだ。

    2038.01.20

    ついに待ち望んだ日が到来する。私は新種のミツバチを紹介すると見せかけ、まんまとTVカメラの前にネオヴェスパの姿を晒すことに成功した。それは日本のニュース番組で日本全国に中継されていたのだ! ネオヴェスパを目の当たりにしたレポーターの恐怖に凍りついた顔が今でも忘れられない。私にとっては最高の賛辞に等しい表情だった。その後、私は軍の計画を露呈させた責任を問われて身柄を拘束された。私は今、独房の中にいる。それでも私はなんとも言えない幸福感に包まれていた。自分の作品を世界に示すことができたのだから。

    2038.02.13

    ようやく拘束を解かれる。軍としては私の行為を決して許さないつもりでいたようなのだが、現実的な問題が私に自由をもたらしてくれた。現実的な問題、つまりネオヴェスパのことだ。彼らは改良に改良を重ねた結果、人の手に負えなくなっていた。駆除しようにも軍の武器では歯が立たないのだ。彼らはより強固な外殻と免疫力を持つ生命体へと進化していた。僅か2年足らずの間に! 人の進化の歴史に比べると驚くべきスピードであると言わざるを得ない。彼らはこれからも進化を続けていくだろう。最強の生物として、世界を手中に収めるまで。

    2039.12.18

    国連安保理より計画凍結を求める勧告を受ける。このような脅しに屈するつもりはないが、時間がないことだけは確かだろう。奴らが本腰を入れて潰しにかかる前に研究を完成させなければ。

    2040.05.06

    ついに国連安保理より最後通告を受ける。研究を中止しなければ速やかに軍事行動に移るとのことだ。これを受け、軍は研究の凍結を決定。私の身は再び拘束されることとなった。だがもう遅い。すでに準備は完了しているのだ。地下では一体のネオヴェスパが外へ出る瞬間を待ちわびている。私が仕掛けた時限爆弾が爆発すれば、彼女は外の世界へと飛び立つだろう。彼女は新世界の女王となる蜂だ。彼女は外界へと飛び出し、地下に潜伏して3000個の卵を産み落とすことだろう。3000個の私の子供たち! 3000個の私の希望! 外の世界で元気に生き延びてくれることを祈っている。研究所爆破まで5…4…3…2…1……………………………

    この直後、凄まじい爆発音によってブライアン博士の声がかき消される。爆発音は連続して5回鳴り響いている(合間に怒鳴り声のようなものが聞こえるが判別不能)。続いて固い壁を突き破るようなドーンという音。レコーダーの音が途切れ途切れになり、耳障りな音が混じり始める。壁が崩れる音…ガラスが吹き飛ぶ音…悲鳴…そして大きな羽音のような音。羽音が急速に遠のくと同時に至近距離で爆音が鳴り響く。記録はここで途切れている。

STORY

  • Fibo

    アメリカ合衆国、モニュメントバレー。からからに乾いた赤茶色の大地と圧倒的な広がりを見せる青い空。そして構造平野に突き立つ残丘、ビュート。ナバホ族の精霊が宿る、アメリカの原風景たる荒野。見るからに奇妙な地形だ。それはまるで火星の風景のようにも見える。あまりにも奇妙な風景なので、とても地球上のものとは思えないのだ。そして今、この奇妙な大地でこれまた地球上のものとは思えない戦いが始まろうとしていた。巨大な昆虫のバケモノとロボットの戦い。昆虫のバケモノの数はおよそ2800。対するロボットの数は6。昆虫のバケモノは大地の裂け目の下に作り上げた自らの帝国を守るため、巣穴の淵に集結し、金属が擦れるような甲高い音を鳴らす。帰れと言っているのだ。お前らに勝ち目などない、今すぐ帰れと。昆虫のバケモノの体長は約4m。一方のロボットの体長は2.5m。体の大きさも数の多さも昆虫のバケモノの方が遥かに勝っていた。それでもロボットたちは相手が放つ威嚇音を物ともせず、着実に巣穴へと近づいていく。恐怖心というものがないのか、それとも…。昆虫のバケモノが放つ威嚇音は次第に大きくなり、今では地鳴りと化していた。赤茶けた大地を揺らす不吉な地鳴り。それはまるでナバホ族が信仰する大地の精霊を呼び起こそうとしているかのようだった。その音に誘発されるようにして巣穴の周りに一塊になっていた昆虫のバケモノが1匹、また1匹と空へ飛び立つ。対するロボットは平行に並んでいたものが左右に展開し、巣穴を包囲していく。巣穴までの距離は約700m。その距離はみるみるうちに縮まっていく。600m…500m…400m………。ロボットたちは派手な動きを見せず、あくまで淡々と距離を詰めていく。その時、地鳴りの音が止み、巣穴に固まっていた昆虫のバケモノの一団がパッと空中へと飛び上がった。ロボットたちは胸部ミサイル発射口を一斉に開き、昆虫のバケモノの襲来に備える。開かれたミサイル発射口のすぐ上にはロボットたちの名称が記されていた。そのロボットの名は………。

    ロボットの名は「Fibo」。巨大昆虫型生命体「Sudama」に対抗するために作られた人工知能搭載型戦闘ロボット。Sudamaを倒すためだけに作られた機械、それがFiboだった。彼らの敵であるSudamaは2038年に昆虫学者のブライアン博士によって発表された新生命体だ。発表時の名称は「ネオヴェスパ」。テレビ中継で12秒程の露出しかなかったものの、そのバケモノじみた姿は世界中の人々の話題をさらうこととなった。しかし衝撃的な発表から2年後、Sudamaの開発施設がブライアン博士自身の手によって爆破。施設は跡形もなく消え去り、Sudamaもまた絶滅したと考えられていた。だがSudamaは滅びてはいなかった。Sudamaが再び人類の前に姿を現したのは研究所爆破から16年後、2056年のことだった。発見された場所はインドネシアの孤島だ。インドネシアではここ数年、何十、何百という人が行方不明になる事件が起こっていた。さらに正体不明の飛行物体が観光客のビデオによって撮影されたことから、UFO説が浮上。これにテレビ局が食いついた。超常現象を扱う怪しげなテレビ番組がしめたとばかりにクルーを派遣。なにかUFO説を裏付けるような画が撮れれば…と島で三ヶ月粘った。UFOを信じている者など一人もいなかったが、彼らとて手ぶらで戻るわけにはいかなかった。そして四ヶ月を越えた頃、ついにSudamaの姿を捉えることに成功したのだった。そのニュースは再び衝撃となり全世界を駆け巡ることとなった。最大の衝撃はSudamaが大型の動物や家畜、さらには人間までも捕食することだった。彼らは10mを超える体を維持するため、そして3000体を越す群れを維持するため、極めて貪欲だった。とはいえ所詮は昆虫。いくら巨大でも人間の敵ではないと誰もが思っていた。事実、インドネシアで発見されたSudamaの巣は軍隊の投入によって数ヶ月のうちに駆除された。だがそれで全てが終わったわけではなかった。むしろそれは始まりに過ぎなかったのだ。人々の束の間の安堵を嘲笑うように各地で次々とSudamaの巣が露呈。あたかも春を迎え、それまで冬眠していた昆虫が一気に目覚めるようにSudamaたちは大挙して地中から姿を現した。これに対し、人類は各国協力体制を布き連合軍を投入。Sudamaの巣を一つ、また一つと駆除していった。早いうちから持てる最大戦力を投入したことでSudamaの総数はみるみる減っていった。これならば数年足らずで殲滅できる。誰もがそう思っていた。だがある日を境にSudamaの数の減少に歯止めがかかる。Sudamaは耐性を付けたのだ。人間が持つ兵器に対して、3年というごく短い期間の間で。倒されるSudamaの数が減少するにつれ、それに比例するように狩られる人間の数が増えていった。標的となったのは主に最前線に立つ兵士たちだった。彼らはSudamaの巣へと連れ去られ、幼虫の餌となった。やがて被害が拡大するにつれ、人間はSudamaに対してうかつに手出しできなくなってしまう。そして2060年、ほぼ野放しの状態となったSudamaの数は爆発的に増加。人間の側の被害も増える一方だった。このままでは人類は餌として狩られ、早晩絶滅してしまうだろうと誰もが思っていた。そんな状況を打破するため、一つの企業が立ち上がった。それは柴崎重工業という日本の大手機械メーカーだった。Sudamaが人間を捕食する以上、その駆除は機械に任せるしかなかったのだ。柴崎重工業は対Sudama用戦闘ロボットを開発するため各国の機械メーカーに呼びかけ、プロジェクトチームを結成。そして6年間の試行錯誤の末、対Sudama用戦闘ロボット「Fibo」(プロトタイプ)が完成した。人類の英知と技術の結集。それがFiboだった。完成後、Fiboはすぐに戦場へと送られ、開発者たちの予想すら上回る高い戦果を記録した。これを受け、Sudamaに対抗し得る唯一の手段が見つかったとばかりに各国は競うように大金を投入。柴崎重工業はFiboの量産と改良に乗り出した。そして試作機完成から1年後の2069年、2度のモデルチェンジを経て40体のFibo(タイプⅢ)が完成。そのうちの12機がアメリカへ送られることとなったのだった。

    再びアメリカ合衆国、モニュメントバレー。戦闘開始から8時間が経過し、太陽は西の地平へ今まさに消え入ろうとしている、そんな瞬間だった。太陽は最後の力を振り絞り、圧倒的な力で大地を赤く染めていた。どす暗く、どこか不吉な色をした赤い色。モニュメントバレーの大地はさながら血の海に没してしまったかのようだった。その海を切り裂くように暗く長い影を落とす残丘。残丘が細長い影を落とす一方で、ぽつりぽつりと短い影を落とすものがあった。血の海に浮かぶ塵のようにも見えるそれは何十、何百というSudamaの死骸だった。彼らは足を折るようにして硬く、冷たくなっていた。彼らが命をかけて守ろうとした巣穴からは一本の狼煙が上がっていた。狼煙は一筋の線となり、暮れなずむ空へと吸い込まれていった。辺りに動くものの姿はなく、荒野はしんとした静寂に包まれていた。とその時、巣穴の奥でなにかが崩れ落ちたような、くぐもった音が響く。巣穴から砂埃が舞い上がる。そして次の瞬間、何者かが巣穴から顔を覗かせる。Fiboだった。Fiboはゆっくりとした動作で巣穴から姿を現した。その機体はあちこち煤け、6本あるアームのうちの1本が根元から引きちぎられていた。巣穴から出た後でFiboは動きを止めた。まるで巣穴から一歩外へ出た時点で全エネルギーを使い果たしてしまったかのようだった。だがFiboは壊れたわけでも、エネルギーが切れてしまったわけでもなかった。彼はただ沈黙しているだけだった。彼が持つ三つの目には夕日が映し出されていた。広大な地平線を茜色に縁取る神秘的な光。Fiboは光が消える最後の瞬間まで夕日を見つめていた。それから暗闇が一段と濃さを増した大地を見渡す。そこに転がるSudamaたちの死骸を一つ一つ眺める。彼の記憶媒体にはモニュメントバレーでの戦闘の全記録が残されていた。彼は戦闘記録を再生させる。Sudamaたちはみな必死で戦っていた。彼らの巣を守ろうと、彼らの女王を守ろうと最後の一匹まで必死で戦った。生き残るために。この世界に自分たちの子孫を残すために。対するFiboたちもまた必死で戦ったのだ。

    「でも一体なんのために?」

    仲間たちが破壊されていく様子も記録の中には残されていた。彼の仲間たちはアームを何本も引きちぎられ、機体の大部分を損傷しても尚、Sudamaと戦い続けようとしていた。機体が完全に動かなくなってしまう、最後の瞬間まで。

    製造番号FSV00015、現地時間12時04分21秒、LOST。
    製造番号FSV00013、現地時間12時52分03秒、LOST。
    製造番号FSV00017、現地時間14時16分07秒、LOST。
    製造番号FSV00012、現地時間16時43分17秒、LOST。
    製造番号FSV00014、現地時間17時26分52秒、LOST。

    「この犠牲になんの意味があるのだろう?」

    ぐるりと辺りを見渡した後でFiboは三つの目を巣穴へと向けた。彼の顔とされる箇所にはなんの表情も浮かんでいなかった。表情というものを作ることができないのだ。戦うためにだけ作られた機械だから。それでも暗闇で立ち尽くす彼の姿はなにかを待ち侘びているように見受けられた。そう彼は待っていたのかも知れない。倒されていった仲間たちが息を吹き返し、巣穴から姿を現すのを。彼は不動の姿勢のまま、そんな奇跡が訪れる瞬間をじっと待ち続けていた。だがいくら待とうと仲間たちが巣穴から姿を現すことはなかった。長い長い時間が経過した後で彼は空を見上げた。いつの間にか夜空には大小無数の星が浮かんでいた。広大な夜空を埋め尽くす満天の星空。それは彼にとって生まれて初めて見る風景だった。とその時、ひっそりとした夜の荒野にコール音が鳴り響いた。柴崎重工業の技術者がFiboに回線を開くよう呼びかけているのだ。回線を開き、戦況を報告するようにと。彼はそれを黙殺した。コール音は粘り強く何度も鳴り、そして唐突に途切れた。辺りは再び耳が痛くなるほどの重い静寂に包まれた。コール音が止んでしばらくした時、空に浮かぶ星の一つが流れて消えた。星が一つ死んだのだ。その様子はFiboの三つの目であるレンズに映し出されていた。流れ星が消えた後でFiboはある決意を胸にモニュメントバレーを後にした。

    この日を境にFiboは第二の敵として人類の前に立ちはだかることとなる。